KDDIが基地局設置工事を再開、子供への健康被害を懸念する最上階住民、川崎市の基地局問題

川崎市宮前区で起きているKDDI基地局の設置をめぐる係争で新しい動きがあった。評論的な記述は避けて、ここでは事実関係だけを紹介しておこう。電磁波による人体影響などについての論考は別稿で予定している。

既報したようにこの事件は、KDDI(au)が7階建てマンションの屋上に基地局を設置する工事をはじめたところ、最上階にすむAさん一家(夫妻と2人の子供)が、中止を求めているものである。KDDIは、2014年にマンションの管理組合との間で、基地局設置に関する契約を交わしていた。しかし、すぐには設置工事を着工することはなかった。理由は分からない。

ところが今年に入って突如として基地局設置の工事をはじめた。契約から6年の間、KDDIは賃料を支払い続けてきた。20数世帯の小規模マンションなので、KDDIからの賃料は、マンション管理の大きな財源になってきた。

こうした事情があるので、KDDIが工事を始めたとき、それに反対する住民はAさんら数人しかいなかった。工事を許可しなかった場合、KDDIが賃料の返済を求めてくることを多くの住民が警戒したのだ。

実際、2月8日に同マンションで開かれたKDDIによる説明会では、KDDIから、契約に則して工事を進め、解約した場合は賃料の返済などを求めることになるとの説明があった。とはいえAさんが設置に反対していたので、工事はアンテナなどを設置した段階で、一旦ペンデングになっていた。

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工事の再開日は、4月7日に決まった。マンション敷地外の電柱から、ケーブルを敷地内へ引き込む作業が予定されていた。KDDIの説明では、基地局は5G仕様ではなく4G仕様である。5Gの時代に4Gを設置するというのだ。

わたしは取材と支援をかねて埼玉県の朝霞市から川崎市へ向かった。

工事は午前9時から開始される予定だった。作業員や現場監督が現場に来るのが8時半ぐらいになると予測して、わたしは8時15分には現地に到着する必要があった。東急・田園都市線の「たまプラーザ駅」で電車を降りて、改札を抜け、大通を歩いていくと、Aさんのマンションがある小高い岡が見えてきた。

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Aさん夫妻とわたしは、マンションの玄関前でKDDIと施工会社・三和コムシスの到着をまった。Aさんの妻・クリスティーナさんはフィンランドの出身である。母国では、民間住宅の屋上や近くに基地局を設置することはない。他のヨーロッパの国々にも同じような暗黙のルールがある。電磁波による人体影響が住民の間に常識として定着しているからだ。

Aさん夫妻には2人の小学生の子供がいる。基地局が稼働した場合、大人よりも子供により深刻な人体影響があることは言うまでもない。

8時半を過ぎても、工事開始の9時を過ぎても、作業チームは姿を見せない。そこで7階のAさん宅で待つことにした。時々ベランダから下を見張ったが、やはり工事チームの姿はない。ただ、遠方の道路にクレーン車が一台駐車していた。

Aさんは繰り返し、工事の中止を求めてきた。しかし、書面による回答は一切ない。なしのつぶていである。

わたしも自分が主宰しているネット上の住民運動の名前で、工事をペンディングにするように申し入れていた。次のような趣旨である。

1、このマンションの基地局直下の部屋で内壁に亀裂が入っています。この内壁の亀裂の原因が解明されず、修理が完了していない段階で、地震がくれば大変に危険です。直接人命にかかわります。

2、宮前区を縦断している田園都市線沿線で新型コロナウイルスによる新型肺炎の患者が発生しており、感染拡大のリスクが高まっています。この時期に当該マンションに作業員を送り込むと、作業員と住民の間で口論になった場合、新型コロナウイルスの感染を引き起こしかねません。

今後の解決方法については、新型コロナウイルス問題と内壁の亀裂問題が解決したうえで、話し合う段取りとなります。現段階では人命を最優先していただくように強くお願いします。

内壁の亀裂問題と新型コロナウイルス問題があるので、KDDIと三和コムシスに工事のペンディングを要請したのだ。内壁の亀裂の修繕費用は、第3者の見積で約150万円である。屋上にアンテナを設置する際にドリルを使った際に亀裂が生じた可能性が高かった。

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10時前にAさんは、KDDIと三和コムシスに電話して、工事を再開するのかどうかを確認しようとした。このうちKDDIの担当者とは連絡が取れなかったが、三和コムシスの担当者とは連絡が取れた。担当者は、工事は再開すると明言した。Aさんは、 内壁の亀裂問題が解決するまでは、再開しないように求めた。

10時から、Aさんはネット上で勤務先の会社と連絡をとった。その間、わたしとクリスティーナさんは、マンション付近を偵察した。クレーン車の姿は消えていた。

わたしはある戦略を考案した。KDDIが工事をはじめないのは、われわれが警戒していることを察しているからである可能性があった。そこでわたしが現場を立ち去る芝居をすることになった。マンションの前で分かれを告げて、坂道を下っていった。

20分ほどして引き返してみると、マンションの前で赤シャツを着た巨漢の男と、クリスティーナさんがほんの50センチほどの距離で対峙している。赤シャツの男は、力士がマゲを解いたときのようなザンバラン髪である。ジーンズから赤シャツははみ出している。

わたしは間に割って入った。が、2人は口論を止めない。まもなくわたしにも話の流れは理解できた。赤シャツの男がマンションのアンテナを見上げたり、敷地内を伺いながら歩いていたので、クリスティーナさんがスパイと勘違いしてスマホで写真を撮ったのだ。それに男が逆上しているのだ。確かにこの男性がKDDIの関係者である確証はなにもなかった。

クリスティーナさんも間違いを認めて男性に謝罪した。ところが男は、

「謝ってすむことだと思っているのか」

と、引き下がらない。

「間違っていましたと、誤っているからもういいだろう」

と、わたしも男をなだめた。

「謝罪してすむことではないだろう」

「じゃ、どうしてほしんだ」

男は口角から、唾を飛ばしながら、わたしに迫ってくる。

「コロナが流行っているから、距離を取れよ。汚い野郎だな!」

男性はどうしても、引き下がろうとはしない。執拗に食い下がってくる。わたしは念のために、ポケットに入れていた録音機をオンにしておきた。それから、

「警察を呼ぶぞ」

と、言った。そして実際、110番した。すると男は急に押し黙ってしまった。不思議なことに巨体の人間には、小心者が多い。この赤シャツもその類である。押し黙ってしまったので、わたしは、

「もう終わりにしよう。行けよ」

と、言った。ところが男は立ち去ろうとしない。警察から逃亡したとみなされるのが嫌だという。

10分ほどして2人の警官がバイクでやってきた。男とクリスティーナさんから別々の事情を聞いた。これにより両者の間では、決着が就いた。クリスティーナさんは誤りを認め、涙を流しながら謝罪した。

しかし、これで問題が解決したわけではないかった。男は、今度はわたしに対して言いがかりを付けてきたのだ。警察に通報した時、「女性が言いがかりを付けられている」と言ったことが許せないというのだった。それは事実であった。そこでこの点に関しては、わたしも非を認めて男に謝罪した。

「それだけでは済まないだろう」

「じゃ、どうしてほしいんだ」

「それだけでは済まないだろう」

わたしだけは絶対に許せないといわんばかりの口調である。
2人の警察は暫くわたしと男のやりとりを聞いていたが、20分ほどしてようやく男をなだめた。

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11時半ごろに、工事は中止になったと判断して、わたしはマンションを後にした。Aさんが途中まで送ってくれた。マンションから100メートルほど歩いたところで、AさんはKDDIの担当者が路傍に立っているのを発見した。グレーのスーツを着ている。

Aさんは携帯電話を取り出してダイヤルした。すると遠方のKDDIの社員が携帯電話を耳にあてた。互いの場所を確認し、直接話しあうことになった。

作業員も待機していたことがまもなく分かった。話し合いをしている間に、クレーン車が姿を現し、作業人も次々と集まってきた。警備員などを含めて総勢10人は超えていた。KDDIは工事を進めるらしい。

Aさんは担当社員に、警官を呼ぶと警告した。実際に警官を呼んだ。先ほどとは別の警官が2人やってきた。作業員らは路上で待機していた。

警官はまずAさんから事情を聞いた。マンションのロビーに張り出された工事の行程表も確認した。それから、警察としては工事を許可すると告げた。それから作業員らがいるところへ移動して、暴力行為などは慎むように注意して帰っていった。

マンションの屋外でKDDI側が行う作業を止める権利は、Aさんにもわたしにもないので、工事を見守るしかなかった。われわれ3人は現場から引き上げた。

この日の午後、KDDI基地局は完成した。